日本史部 活動報告
【歴史文化研究部】鈴懸祭(文化の部)
7月12日(土)・13日(日)の鈴懸祭で、部誌「もののふ」を頒布と展示を行いました。歴史文化研究部では、これまで3年生と2年生が「関東の近代」をテーマに、そして1年生は自身の関心のある分野について探究してきました。その成果をまとめて完成したものがこの度頒布した「もののふ」第49号です。
鈴懸祭では両日ともに多くの方に歴史文化研究部のブースに足を運んでいただくことができました。3年生部員4名はこの鈴懸祭をもって引退となります。これまで歴史文化研究部を支えていただいた皆様、そして鈴懸祭に来場していただいた皆様に感謝申し上げます。今後は2年生1年生の新体制で、来年度の『もののふ』第50号の刊行に向けて取り組んで参ります。
日本史部 熊女見所三選 動画配信します!
熊谷女子高校は創立111年を超える伝統ある学び舎です。
敷地内の見所を動画でご覧いただき、熊谷女子高校の魅力を知っていただければ幸いです。
【日本史部】東京国立博物館校外研修報告
1月28日(土)、日本史部の校外研修として東京国立博物館に行って来ました。創立150年記念特別展の混雑も終わった常設展をじっくり見学することを目的とし、それぞれ事前学習で重点的に見学したいものの計画を練ったうえでの研修となりました。
「東京国立博物館を訪れて、展示されている作品を間近かで見ることができ、作品の精巧さに驚嘆しました。また、展示されている作品の数々に製作者の息遣いが感じられ、まるでその作品が作られた当時にいるかのような感覚を味わうことができました」(部員感想)
研修の成果は、「鈴懸祭文化の部」で発表展示する予定です。
日本史部 熊谷空襲戦跡巡りフィールドワークに参加
日本史部 活動報告
「熊谷空襲を忘れない市民の会」の方々のご尽力により、『熊谷空襲戦跡巡り』フィールドワークを体験することができました。
1、事前学習
●9月6日(火)本校第三学習室にて
「熊谷空襲を忘れない市民の会」が執筆・編集された書籍『最後の空襲 熊谷』と『NAOZANE2022年9月号』の巻頭特集『進駐軍のいた熊谷』の読み合わせ会を実施。特にフィールドワークのスタートとなっている熊谷市立図書館の学芸員である大井教寛氏執筆の第一章『熊谷空襲とその時代』についてと、『進駐軍のいた熊谷』で戦後すぐの熊谷の様子を読み合わせて意見・感想を交換する。
●9月9日(金)本校第三学習室にて
『最後の空襲 熊谷』第二章『高校生が聴く熊谷空襲体験者の声』のインタビュアーとなった日本史部の卒業生、廣原さんと坂本さんにレクチャーを依頼。戦後75年の節目に空襲体験者にインタビューを行った時の様子を語ってもらった。日本史部部員以外でフィールドワーク希望参加の生徒の参加もあり、また卒業生には現在の大学生生活や勉強内容についてもフランクに話してもらったことで、より一層有意義な時間となった。
●9月13日(火)本校第三学習室にて
「熊谷空襲を忘れない市民の会」の会長でもあり、詩人でもある本校卒業生の米田主美さんの詩集『私が生まれた日』の読み合わせ会を実施。
●9月16日(金)本校第三学習室にて
フィールドワークのグループ分けと当日の流れを確認。
2、フィールドワーク当日
参加者は、インタビュアーとなった卒業生の猪鼻さん、魚住さん、久保さんと日本史部部員8名、希望参加の日本史部以外の在校生3名の14名。在校生の11名は土曜授業の後、熊谷市立図書館三階に集合して卒業生と合流し、学芸員の大井氏の説明を聴く。
3つのグループに分かれて図書館スタート➡「熊谷空襲を忘れない市民の会」の方々の説明を受けながら、熊谷駅から熊谷女子高校北門へ
いつもは見慣れた学校が、北門が、そして鈴懸の木が、違って見える。焼け焦げた跡を残す北門は、かつての正門だったものを北側に移築して残している。激しく燃え上がる焼夷弾の戦禍から免れた鈴懸の木が、なんと逞しく見えることか。
熊谷女子高校北門➡中央公園へ 「平和の鐘」や、西国民学校で焼け残ったものを移植した8本の欅の木の説明を受ける。
➡中家堂石灯籠 ➡夏目漱石『坊ちゃん』の先生の家 ➡聖パウロ教会 ➡熊谷寺
焼夷弾による黒い焼け焦げの残る中家堂の石灯籠は、熊谷空襲の夜、熱風に倒れ散った。聖パウロ教会から熊谷寺周辺の住宅は戦禍を免れた。
➡八木橋デパート内の中山道 ➡八木橋デパート前歩道橋上から昭和天皇がご覧になったのと同じ目線のNTT建物上からの焼け跡の景色を想像してみる。
➡厄除け平和地蔵と舌代
1957年に市民有志が建立したもの。経年劣化のため文字を読むことは難しい。
➡石上寺でご住職のお話を聞くという貴重な体験!
欅は焼けても、それを包み込むように樹皮が覆い再生している様子を目の当たりにし、自然の生命力を感じる。
さらに本堂の中では、先代のご住職によって燃え盛る火の中から運び出されたご本尊と、お顔が焼けた弘法大師空海の像の説明をして頂く。ご本尊を運び出した後、再び火の中に戻ったが、弘法大師のお顔はすでに焦げてしまっていた。しかしあえて修復せずに、戦争の記憶として残しているとのこと。記憶を残し、語り継がれることの大切さを実感した。
➡星川へ 戦災者慰霊の女神像
朝日新聞の佐藤記者から参考資料として「星川の女神」の記事と森村誠一の記事を頂き、現地で読みながら「熊谷空襲を忘れない市民の会」の方々の説明を受ける。女神像は2年まえに熊谷空襲体験者にインタビューした時のことをまとめた部誌『もののふ』の表紙である。普段通学路として何気なく渡っている星川をあらためて見つめ、空襲により亡くなられた266名の名前が刻まれているのを確認。
➡身代わり地蔵 ➡熊谷駅解散
それぞれが、それぞれの想いをもって解散、帰宅。
3、事後学習
今回のフィールドワークの感想を各自記録して、今後読み合わせ会を予定。その内容を部誌『もののふ』にまとめ、来年の文化祭に掲示発表予定。
熊谷空襲戦跡巡り
2022年9月17日(土)に日本史部の1・2年生の生徒と卒業生で、「熊谷空襲を忘れない市民の会」の主催する『熊谷空襲戦跡巡り』に参加予定です。事前に卒業生のレクチャーも予定しています。2年前に空襲体験者にインタビューした時の話はもちろん、現役大学生の学生生活の様子なども語ってもらう予定です。興味のある在校生は日本史部顧問まで問い合わせてください。
「77年前に熊谷で何が起こったのか」
前回の記事でお知らせした、「熊谷空襲を忘れない市民の会」が主催される空襲体験者を囲んだお話を聞く会のお知らせです。
空襲体験者の【高城三郎さん】には「熊谷空襲を忘れない市民の会」からご紹介頂き、日本史部の卒業生が2年前にインタビューさせて頂きました。在校生のみなさんにもぜひ聞いて欲しいです。興味を持った方は、予約制になっていますので、電話またはメールで申し込んでみて下さい。
鈴懸祭 文化の部 掲示発表報告
7月9日(土)・10日(日)の鈴懸祭では、コロナ禍のため事前予約して頂いた在校生の家族と関係者・卒業生・中学生の限定公開ではありましたが、日本史部の展示発表を行うことができました。ホームページを通じて、さらに多くの方々にご覧いただければ幸いです。
今回の展示の柱は『横浜で見る近代化』です。日本史部の現3年と2年は、昨年末の12月18日に横浜に行ってきました。その校外研修の成果をまとめたのが今回の統一テーマ「日本の開国と近代化」です。
↓ 来場者に配布した『もののふ』第46号
『個人研究』は1年生7名を迎えバラエティに富んだものとなりました。黒板アートも1年生の製作です。
残念ながら3年生部員はこの鈴懸祭展示発表で引退となります。2年生1年生の新体制で、『もののふ』第47号の発行と鈴懸祭展示発表に向けて頑張っていきます。
9月17日(土)には、かつて卒業生が関わらせて頂いた「熊谷空襲を忘れない市民の会」が、『熊谷空襲戦跡巡り』を開催して下さいます。日本史部では、9月9日(金)に空襲体験者に直接インタビューした卒業生(『もののふ』第44号にも掲載)を招いてレクチャーを受ける予定です。
日本史部 横浜校外研修報告
私たち日本史部は、コロナ禍が少し落ち着いた昨年末、12月18日に横浜に行ってきました。今回は「日本の開国と近代化」をテーマにして各自が調べたいジャンルに従ってルートを決めました。9:30に横浜に集合し、最初は、神奈川県立歴史博物館に行きました。横浜の歴史を知る上で欠かせない事をたくさん学べました。とても濃い内容で1時間では詳しく見られなかったのが心残りです。横浜中華街で昼食を済ませた後、各自が調べたいジャンルに従って決めたルートを回りました。とても寒い日でしたが、調べたいことをもとに明確に行動でき、有意義な時間を過ごす事が出来ました。以下は、それぞれの場所の感想です。
私は軍艦に興味があり、太平洋戦争前後に活躍した貨客船、氷川丸を訪れました。広々として自然豊かな山下公園のすぐ側の海に堂々とそびえ立つ氷川丸は迫力満点でした。100円~300円で機関室や船長室など隅から隅まで見られて、とても貴重な機会を持てました。約100年以上前にも、こんなに豪華な客船があったのかと驚きました。でも、天井が低く狭い廊下なので、少し圧迫感がある船内は、太平洋戦争中は病院船として使われていたと考えてしまうと少し怖かったです。私は乗りませんでしたが、行き交う観光船が見られるのも良かったです。夕方に行くと夕暮れと氷川丸でとても良い写真が撮れるので、オススメです!(小鷹)
私は前から訪れたいと考えていた「日米和親条約調印の地」に行くことが出来ました。今回の校外学習において開国のきっかけに触れたいと考えていたので嬉しかったです。開国について開港資料館で知識を深めることも出来ました。日本の鎖国時代から開国までの歴史を人物、産業に焦点を当てた展示が見られるので、開国に興味がある方に横浜はとてもお勧めしたい場所です。(出川)
横浜山手西洋館のうちエリスマン邸、山手234番館、横浜市イギリス館の3館を訪れました。中華街の雰囲気とはうってかわり、煉瓦や石を用いた洋風でオシャレな建築物が並んでいました。“横浜”とひと言でいっても、少し移動するだけで街並みがガラッと変わっていて驚きました。横浜市イギリス館では建物の中に入ることができ、装飾や家具をじっくりと観察できました。元英国総領事公邸ということもあって、他の建物よりも一層厳かな印象を受けました。
見学はできませんでしたが、横浜三塔(キング・神奈川県庁本庁舎、クイーン・横浜税関、ジャック・横浜市開港記念会館)を回ることができました。残念ながら、神奈川県庁は改修工事のため塔の部分を見ることができませんでした。どの建物もすごく立派で趣を感じました。(磯部)
私はドレスに興味があり、様々なドレスが展示されている岩崎博物館を訪れました。岩崎博物館は坂の上にあり、行きは登りが大変でした。ドレスの歴史についての展示があり、そこでは中世から近代までのドレスの変化について学ぶことが出来ました。私は特に19世紀のバッスルドレスに興味を持ったので、いつか深く調べてみたいと思います。(高橋)
鈴懸祭展示報告【 日本史部 】
7月10日(土)・11日(日)の鈴懸祭では、コロナ禍で在校生ひと家族1名の限定公開ではありましたが、日本史部の展示発表を行うことができました。展示会場には156名の方にご来場いただき、本当にありがとうございました。ホームページを通じて、さらに多くの方々にご覧いただければ幸いです。
今回のテーマは『渋沢栄一』、キャッシュレス時代到来の中で新紙幣の顔となる偉人達と『お金の歴史』の振り返り、再結成された世界史班の『民族衣装』とバラエティに富んでいます。
来場者に配布した『もののふ』第45号
表紙写真は、熊谷空襲で被災し、焼け跡の残る北門
(熊谷空襲は第44号の『もののふ』テーマ)
展示は、入り口の『青天を衝け』のポスターから始まり、第一ブースが『渋沢栄一』。昨年末コロナ禍に負けずに訪れた「渋沢栄一記念館」と「中の家」での校外研修、その前後に調べた渋沢栄一の地元である血洗島の名前の由来、幼少期の渋沢栄一やそのゆかりの人々、渋沢栄一の業績紹介、校外研修に参加した部員の振り返りなどです。
第二ブースは硬貨とお札の歴史や素材やデザイン、すでに紙幣の顔となった人物や新紙幣の顔となる偉人たちの業績など『お金の歴史』にまつわる紹介で、古銭の展示などもあります。
第三ブースは再結成した世界史班の『民族衣装』調べで、世界の少数民族の個性的な衣装や、歴史や風土を反映したそれぞれの地域の民族衣装の紹介です。
残念ながら3年生部員はこの鈴懸祭展示発表で引退となります。2年生1年生の新体制で、『もののふ』第46号の発行と鈴懸祭展示発表に向けて頑張っていきます。
渋沢栄一に迫る!
| 日本史部では、昨年末の12月16日(水)『郷土の偉人 渋沢栄一』関連施設を訪れる校外学習を実施しました。深谷市の「渋沢栄一記念館」ではアンドロイドの渋沢栄一から講義を聞くことが出来ました。また「渋沢栄一の生家」では熱く語るボランティアの方の説明をお聞きすることが出来ました。コロナ対策を講じながらではありましたが、県内の隣接市施設という利点もあり、部員にとっては緊急事態宣言の合間を最大限に活用した良い体験が出来ました。 次回の日本史部発行の部誌『もののふ』では、その学習内容について発表予定です。新入生の皆さん、日本史部で、共に渋沢栄一について語りましょう。 |
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NHK大河ドラマ『青天を衝け』 |
渋沢栄一記念館・渋沢栄一生誕地に行ってきました。
12月16日(水)部員と顧問10人で、『郷土の偉人 渋沢栄一』関連施設を訪れる校外学習を実施しました。昨年度末、コロナ禍によって熊谷高校との合同企画「足利・桐生をめぐる」校外学習を断念したため、現部員にとっては初めての校外学習となりました。学校から短時間で行けるコロナ対策のしっかりとした施設としては、まさに理想通りの最高の研修場所です。午前中4時間授業の後、昼食、検温と健康観察済ませ学校をスタート。
深谷駅に到着し、レンガの駅舎前と駅前広場の渋沢栄一像前で記念写真を撮り、市内循環くるりんバスに乗り込みました。バスの終点は『渋沢栄一記念館』です。渋沢栄一記念館では153㎝と小柄な栄一アンドロイドが、経済と道徳は両立するという「道徳経済合一説」を、身ぶりを交えて説明してくれました。その後、館内資料について解説員の方のお話をお聞きしました。
次に、渋沢栄一記念館から徒歩で栄 一の生誕地である旧渋沢邸『中ん家』に移動しました。
『中ん家』では屋外にもかかわらず、解説員の方の熱い説明をお聞きすることが出来ました。血洗島の地名の由来や、渋沢家が養蚕や藍玉づくり、雑貨屋・質屋なども手掛け財を成していったこと、論語の師である尾高惇忠は渋沢栄一の義兄でもあったことなどをお聞きしながら、「道徳経済合一説」の思想基盤となった栄一の生い立ちや人柄をしのびました。またここは「学校法人青淵塾渋沢国際学園」の学校施設として使用され、多くの留学生が学んだことをお聞きしたり、建物裏手には栄一の産湯に使ったという井戸も見ることが出来ました。
残念ながらくるりんバスの最終便時間が迫り、走って渋沢栄一記念館に戻り、深谷駅に向かいます。バスに揺られている間にすっかり日が暮れ、三日月が冴えています。駅到着後、イルミネーションまえで解散となりました。半日というタイトなスケジュールの中、今回は二施設を巡るのがやっとでしたが、他の関連施設もぜひ訪れてみたいです。
『最後の空襲 熊谷 8月14・15日戦禍の記憶と継承』の書籍が図書館に入りました!
前回お知らせしました、日本史部の生徒がインタビューした熊谷空襲体験者のお話とそのインタビュー感想が載った書籍が、本校図書館に寄贈されました。
その空襲で、熊谷女子高校の校舎も焼けたことを多くの人に知って頂きたいです。
たくさんの資料が掲載されています。ぜひ手に取ってご覧ください。
日本史部『熊谷空襲を聞く会』が書籍になりました!!
7月29日に本校で開催された『熊谷空襲を聞く会』で、空襲を体験された髙城さん、夏苅さんに日本史部員がインタビューした内容とその感想が、書籍になりました。
「最後の空襲・熊谷」~8月14日・15日 戦禍の記憶と継承~というタイトルで、『熊谷空襲75周年記念出版プロジェクト』のメンバーの皆様のご尽力により、11月10日刊行となりました。市長の挨拶、森村誠一氏の『遠い昨日 近い昔』より寄稿文から始まり、第一章:熊谷空襲とその時代、第二章:高校生が聴く熊谷空襲体験者の声、第三章:座談会「それぞれの戦争、熊谷空襲と文化の復興」、第四章:空襲体験・戦争動員・敗戦・そして戦後へ、第五章:戦後を生きて、と続く重厚な仕上がりです。豊富な写真と資料、そして清水昭治氏の絵による視覚的なアプローチも迫るものがあり、ぜひ手に取って多くの方にご覧いただきたいです。
今回、「熊谷空襲を忘れない市民の会」の米田主美さんに日本史部の部員と空襲を体験された髙城さん夏苅さんを繋ぎ合わせて頂けたこと、インタビュアーという形でこのプロジェクトに参加できたことを大切な体験として引き継いでいきたいと思います。
『#101匹の埼玉狛犬』が書籍になりました!
熊谷女子高校日本史部は、昨年、県の企画『#101匹の埼玉狛犬』に参加させていただきました。インスタに投稿された狛犬たちが、「埼玉の狛犬」という書籍になりました。
こんなコロナ禍だからこそ、様々な表情をみせる狛犬たちの写真にはかなり癒されます。ぜひお好きな狛犬を探してみてください。
多くの方に、手に取ってご覧いただければ幸いです。
『熊谷空襲の体験を聞く会』のインタビューが12月8日に書籍になります
7月29日開催の『熊谷空襲の体験を聞く会』で、髙城さん、夏苅さんに75年前の生活や当時の思いを語って頂けたことは、日本史部員にとって大変貴重な体験になりました。講師の方たちは「熊谷空襲を忘れない市民の会」共同代表である米田主美さんのご紹介です。米田さんご自身も、空襲のまさにその日に命を授かり、また戦争でお父さまを亡くされその手に抱かれることなく育ったという生い立ちをお持ちの本校卒業生です。本校で教鞭をとられていた経歴をお持ちの髙城さん、本校卒業生の夏苅さんをお迎えするにあたって事前学習として熊谷市立図書館から資料をお借りした他、かつて日本史部の顧問であった長島二三子先生が携わった書籍や、『熊谷女子高校70周年記念誌』に寄せられた手記、また本校図書館に寄贈され保管されていた『呉竹』などを読み合わせしました。在校生にも、本校の校舎そのものが熊谷空襲で焼け落ちた事実さえ知られていない状況を考えると、OGを通じた輪の繋がりをもっともっと大切に広げていく必要があります。
今回の『熊谷空襲の体験を聞く会』の日本史部員によるインタビューと感想文は、「熊谷空襲を忘れない市民の会」の方々によって、令和2年12月8日に刊行される書籍に収められる予定です。多くの方々の手に取って頂けることを期待します。
「熊谷空襲の体験を聞く会」が開催されました!
7月29日(水)熊谷空襲の体験者お二人に熊谷女子高校に講師としてご来校頂き、日本史部員がインタビュアーとして聞き取りをしました。講師は、昭和3年生まれで空襲当時17歳の夏苅敏江さんと、昭和4年生まれの髙城三郎さんです。夏苅さんは本校の卒業生、髙城さんは熊中生でした。コロナ禍の中ご高齢のお二人にお話しして頂くのに、マスク着用はもちろんのこと、教室の消毒を全員で行ってお迎えしました。髙城さんは本校で教鞭をとられていたご経験もあり、年齢を感じさせない熱い語り口調で、当時の日記などいろいろな資料を見せてくださいました。夏苅さんは当時の女子高校生活や熊谷空襲時は監視哨にお勤めだったことなどを語ってくださり、また大好きな歌を詠んでくださいました。
75年前の終戦前夜、本校そのものが空襲で焼けたという事実を知らない生徒がほとんどの中、本当に貴重な体験でした。
県の文化資源課の『Facebook』に日本史部の狛犬レポートがアップされました!!
昨年7月から9月にインスタグラムで実施された県の文化資源課の企画「♯101匹の埼玉狛犬」と関連し、熊谷女子高校日本史部の部員が各自近隣の神社の狛犬を取材レポートしました。取材場所は、県東部の行田市、県南部の鴻巣・北本・さいたま市、秩父地域、県北部の深谷・本庄市の4つのエリアとなります。
以下のリンク先から見られますので、ぜひご覧ください。下の三つの個性溢れる狛犬を探してみて下さい。
https://www.facebook.com/pg/sa itama.bunkazai/notes/
日本史部『♯101匹の埼玉狛犬』企画参加~ぜひ熊女日本史部のインスタグラム投稿をご覧ください!
私達日本史部は、埼玉県文化財資源課と連携して埼玉県内の狛犬を調べています。文化財資源課の企画は以下のとおりです。
♦主催者(埼玉県文化財資源課)より
皆さんの身の周りには、実はたくさんの文化財があります。今回は、いつでも誰でも見られるところにあり親しみやすい文化財である「狛犬」をテーマに、Instagramで写真を募集する企画を実施します。身近な文化財に目を向け、楽しむきっかけとなれば幸いです。
♦狛犬とは
神社の境内等に左右一対で設置された想像上の霊獣。ルーツは古代オリエントの獅子とされ、シルクロードを経て中国に伝わり唐獅子が生まれ、平安時代には日本にも伝わりました。最初は宮中の鎮子や即位式の際の守護などとして置かれ、次第に神社や寺院の守護となり、やがて今日のような境内に置かれる「参道狛犬」となりました。
江戸時代以降の「参道狛犬」は、氏子中や商人、町人などの一般庶民による寄進が主流であり、地域とのつながりを示すものと言えます。また、石工が楽しんで作ったような表現のものも多く、庶民文化の表れとして見ることもできます。
取材した内容のまとめについては今後発表していく予定ですが、夏休みに取材した狛犬の写真をインスタグラムにアップしています。
皆さん、ぜひ熊女日本史部のインスタグラム投稿への「いいね!」をお願いします!
投票期間は9月22日までです。
熊女日本史部アカウント@kumagayajoshinihonshibu
または ♯熊谷女子日本史部 で検索!!
埼玉県文化財資源課公式インスタグラム @saitama.bunkazai も見てみてください。
鈴懸祭文化の部 日本史ブース
今年の鈴懸祭文化の部 日本史ブースでは、校外学習『岩宿遺跡の見学報告』、部誌にまとめた『元号』についての新企画クイズコーナー、1年生メインテーマの『埼玉県のお祭』を展示・説明しました。また、世界史班が作成した「パルテノン神殿欄間」を展示室入り口に飾り、皆様をお迎えしました。
今年度も部員が作成した部誌をすべて皆様にお配りすることができました。また、クイズや部室にある資料の展示など初の試みもありましたが、たくさんの方々に日本史の魅力を味わっていただきました。日本史について詳しい方からもお話を伺う機会もあり、私たちにとっても貴重な体験となりました。日本史部のブースに足を運んでくださった皆様、展示準備にあたってご協力いただいた方々に、この場を借りてお礼申し上げます。
そして、この文化祭をもちまして3年生4名は引退となります。2学期からは新体制での活動となりますが、今後も充実した活動を行っていきたいと思います。よろしくお願いいたします。
新入部員紹介
今年度は新入部員が8人も入部してくれました。少人数だった日本史部も格段のにぎわいをみせ、総勢13名で楽しく活動しています。現在は文化祭に向け、部誌「もののふ」の作成に取り組んでいます。
日本史部 部誌「もののふ」
毎年、鈴懸祭文化の部の日本史部ブースにて、部誌「もののふ」(テイクフリー)を配布しています。今年も配布予定ですので、是非是非お越し下さい!
※鈴懸祭文化の部ご来場の際は、炎天下が予想されますので暑さ対策を万全にし、スリッパをご持参下さい。貸し出しのスリッパには限りがあります。
今回のもののふは、5月に平成から令和へ改元となったということで、「元号」がテーマとなっています。素朴な疑問を調べたものから、ちょっとマニアックなものまで、元号に関する情報が盛りだくさん。西暦・元号対応表(大化~令和)も掲載予定です。
今年の、鈴懸祭文化の部開催期間中の7月13日、7月14日の2日間、
1-6教室にて配布予定です。在庫が無くなり次第配布終了となりますので、ご了承ください。
皆様のお越しをお待ちしています!
日本史部校外学習 県外活動報告
3月26日に、顧問の先生と部員とで校外学習に行って来ました。
今回の校外学習は、旧石器時代のロマンに触れたい!ということで、群馬県の岩宿遺跡、岩宿ドーム、それから岩宿博物館を訪れました。
▲岩宿遺跡 ▲岩宿ドーム
最近の日本史部ではあまり日本の古代史に実際に触れてみる機会がありませんでしたが、岩宿遺跡から日本史の曙の姿を見つめることができました。またこのような機会が得られたら、~古代史から日本のことを知る旅~に出たいと思います。皆さんもぜひ岩宿遺跡を訪れてみてください。
▲岩宿遺跡博物館
世界史班 古代ローマのチーズケーキ
日本史よりも世界史が好き!日本史も好きだけど世界史も研究したい!という人の為に、日本史部内に世界史班を創設しました。
という訳で今回は、世界史班による料理再現実習として、「古代ローマのチーズケーキ」を作るという活動を行いました。顧問の先生、また家庭科の先生方にもご協力いただけたおかげで、美味しいものを作ることが出来ました。
下の写真は完成したチーズケーキです。横に添えられているのは香りづけにケーキと一緒に焼いた月桂樹の葉です(これは飾りなので食べません)。
チーズケーキというには少し不思議な見た目をしてはいるものの、食べてみると、カリカリした表面にふわふわした中身の生地と、蜂蜜とチーズがよくきいている味がとても美味しかったです。予算の関係でリコッタチーズではなくカッテージチーズで代用になってしまったのが残念なところでした。けれども、紅茶、カフェオレを飲み物に添えて、部員と顧問の先生とで楽しい時間を過ごす事が出来ました。
日本史部 おかゆ作り
をしています。しかし、今回の活動の舞台は調理室!!テーマは”京都の料亭のおかゆ作り”
です。日本史部でおかゆ?と思ったそこのあなた!!実はおかゆの始まりは弥生時代、
稲作が日本に伝わり、お米を煮て食べるようになったことがきっかけです。平安時代には
おかゆがお米の食べ方の主流になり、江戸時代になると関東ではおかゆ=病人の食べ物、
関西ではおかゆ=朝食というようにそれぞれの地方で変化していったようです。
*今回はおかゆ以外にも、ピーマン、しらすとエリンギの炒め物、けんちん汁、ナスの漬物 、
おかゆにかけるあん、お茶の葉を煎って作ったほうじ茶を作りました。(↓写真)