【2年生国語】修学旅行をテーマに作品を作成しました。

2年生は国語の授業で「修学旅行」をテーマに短歌・俳句・エッセイを作成しました。作成した作品はクラスで鑑賞して投票し、優秀作品を選出しました。作品を通して熊女生が五感をフルに使って様々なことを学習したことが伝わってきます。

王冠最優秀賞

地伝える 津波が奪ひし 人ともの 津波が奪へぬ 記憶と思ひ

王冠学年主任賞

語り部の 当時を語る 瞳には いまだに残る 津波の記憶

王冠修学旅行賞

朝起きて 自室がとても 広いのは 今日からいない 友達のせい

王冠国語科賞

 私が修学旅行の中で心に強く残っているのは、死ぬ最後まで町の人に呼びかけ続け、最後には津波に飲 まれてしまった方のことである。中学生の時に「天使の声」という文章を読んだ人も多くいるのではないだろうか。

 死ぬ直前の気持ちはどんなだったのだろうか。この方が呼びかけたお陰で どのくらいの人が救われたのだろうか。この方が津波に飲まれず、なおかつ町の人もできる限り救える方 法はなかったのだろうか。これについて語り部さんは、呼びかけを録音して放送すれば良かったのに、その技術は その時にあった、と言っていた。果たしてそれは可能だったのか、何故それを選ばなかったのか、など思う ことはたくさんある。死ぬ直前まで放送する必要はあったのか。津波が来ないと言われていたとしても万 が一のために逃げなかったのか。天使のようだと言われているが、本当にそうだろうか(語り部さんも言っていた)。残 された人、家族の気持ちは。自分ならどうするか。

 この、答えや正解のない疑問を、私は修学旅行から帰ってからもずっと考えている。なぜなら、誰にも犠牲になって欲しくない。自分も含め てだ。自分も他の人と同じくらい大切な存在だと私は思うし、他の人もそのように思ってくれていると感じているからだ。だからこそ、誰も不幸せにならない、そんな選択肢を私は選 んでい きたい。実現する ことな ど考えられない選 択肢 を切り開ける人間に なり たい。誰かの犠牲の上に私達は幸せに生きていて、その誰かという犠牲は感動の話として伝えられているが、そ の犠牲というものを無くせないだろうか、減らせないだろうか。本当に、自ら犠牲になるのは良いことであり、 感動の物語であると終わりにして良いのだろうか。それは世の中の犠牲になる人、感動で終わらせてしまう人への疑問である。

 

花丸上位選出作品

【短歌】

秋空に 響きわたるよ 笑い声 友との語らい これぞ可惜夜(あたらよ)

函館山 ナイトモードは 無いとだよ 身も心も冷え 震える手と肩

人参を くれと暴れる 馬たちは いと恐ろしき 小岩井農場

部屋の中 散らかしまくり 足場なし 次の日の朝 ドタバタ焦り

海風や 髪も躍らす 福浦橋 気分爽快 ビジュは崩壊

身に慣れぬ つめたい心地 忘らるる 星降る街に 目を奪われて

目を奪う 結露滴る 窓の奥 友と見渡す 最初の朝日

let's go 旅の余韻は 未だ胸に 『もう受験生?』 ああちくしょう

食す前 侮っていた 鮮度の差 悔い改める 浅い知(朝市)識を

一口で 大きく頬張る ハンバーガー 二つに重なる 顎に幸せ

寒天の 澄んだ夜景を 見ていたら 告白してた 知らない恋人

笑い合う 友と囲んだ 夕食後 みんなの皿に 残るニンジン

仙台で 牛タンうまさに 感動し 自然と口から モー最高

予想外 鍵が閉まらぬ 旅行鞄 一杯詰めるは 旅の追憶

函館の 夜が紡いだ 輝きの 夜景と思い出 100万ドル

朝食べて 昼も食べつつ 夜食べる 我の横幅太くなりけり

班行動 心躍らせ 四日間 レフに収めるは 満面の笑み

函館山 登りて愛を 見つけるが 早15年 愛は実らず(バスガイドさんの話)

【俳句】

うにいくら ネギトロサーモン 牡蠣食べた

爽やかに 水澄む景色 松島や

写す手と 食う手止まらぬ 修学旅行

秋風に 吹かれ星降る 函館山

【エッセイ】

「写真の話」

 私は写真を撮るということがあまり好きではなく、同年代の高校生に比べるとあまり写真を撮ったことがなかったのです。 ですが、今回の旅はアルバムの都合で写真を撮らなければならないということで、渋々写真を撮っていました。
 旅の道中、いざスマホを向け、シャッターを切り、撮った写真を見てみるとまぁ酷いこと酷いこと。松島のお宿から登る朝日はなんか白いだけだし、水族館で自由に泳ぎ回っていた魚たちも私のカメラに映ればあら不思議!たちまちただの残像と化す訳で…
 そんなこんなで3日目の、函館山での夜景観光の時でした。夜景なんかも写真に写そうということで、スマホを構え、その100万ドルの夜景を収めようとしたのです。そうして写ったのは、ぶれにぶれてただただ白い何かが画面の大半を占めている様な夜景だったはずの何か。これじゃあ1ドルの値をつけるのも惜しいなぁと、苦笑いしながら函館山を去ったのでした。ここで一句。
 震える手 シャッター切った 函館山 写っていたのは 1ドルの夜景
 ちなみに、友人が撮った函館山の夜景は100万ドルに相応しいものでした。羨ましい。

 

「オルゴール」

 修学旅行最終日、金森赤レンガ倉庫のオルゴール堂という店に立ち寄った。そこでふと目に入った一つのオルゴール。自分の好みドンピシャだった。欲しい、買うしかない、これは私のために作られているようなものだと心の中で叫んだ。恐る恐る値札を見ると5800円、そうプリントされていた。買えない値段ではない。がたった一つの音楽しか奏でない、いわば置物にしては高すぎる金額だった。15分買おうか買うまいか悩んだ。しかし経験上後々後悔することわかっていたため、諦めて店を後にした。今でも買えばよかったと心残りがある。金銭に余裕が出たらもう一度訪れて絶対に手に入れる。