君たちはどう生きるか(2学期始業式・校長講話)
今日から2学期が始まりました。皆さんはどんな夏を過ごしましたか。
世界に目を向けると、さまざまな出来事がありました。ハワイの大規模な火災など気候変動に関する報道では、地球環境の重要性を改めて考えさせられました。また、社会的な課題にも目を向けると、人々が平等や人権、社会的正義について声を上げる姿が見受けられました。私たちも、自分の立場からできることを考え、共感と行動そして対話による解決を大切に行動していきましょう。
本校では、7月から始まった管理棟の改修工事もほぼ終わり、トイレなどもきれいになりました。壁や床の色については美術部の生徒にアドバイスをいただいて選定しました。今後、体育館トイレ等の改修も引き続き行われる予定です。
さらに、生徒の活躍では、終業式の壮行会に間に合いませんでしたが、水泳部のインターハイ出場、各部活動の合宿や大会、コンクールや黒板アート作成、夏期講習に打ち込む生徒など一人一人が有意義な夏休みを過ごしてくれていたことと思います。
さて、1学期の終業式で「命」について話をしました。命を意識することは、どう生きるかを考えることです。「どう生きるか」と言えば、宮崎駿監督の「君たちはどう生きるか」という映画を見た人はいますか。
宮崎監督の映画らしく、不思議な世界観と美しい映像表現が素晴らしかったです。映画を見るまで知らなかったのですが、同じタイトルの本とは別のストーリーで少し戸惑いました。皆さんには本の方の「君たちはどう生きるか」を読んでほしいと思います。
「君たちはどう生きるか」という本は、吉野源三郎が1937年に書いたものですが、今を生きる私たちにとっても多くの示唆に富んでいます。
内容は、15歳の少年コペル君が、叔父さんからの手紙や日常の出来事を通して、自分の生き方を考えて成長していく物語です。現代でも多くの人々に読まれている理由は、本書が提起する「どう生きるか」という問いが普遍的であり、読者自身が考えることを促すからでしょう。
私が印象に残っているのは、叔父さんがコペル君に送った手紙の一節です。「人間というものは自分自身を知らなければならない。自分自身を知るということは何かというと、自分が何者であるかということだけではなくて、自分が何者であろうとしているかということでもある。」
私たちは皆、自分が何者であるかということを知りたいと思っています。そして、自分が何者であろうとしているかということを決めたいと思っています。しかし、それは簡単なことではありません。自分自身を知るためには、自分の強みや弱み、好きなことや嫌いなこと、価値観や目標などを探求する必要があります。そして、自分が何者であろうとしているかということを決めるためには、自分の可能性や選択肢、責任や影響などを考慮する必要があります。
みなさんは高校生で、これから進路を考えて選択し、社会に出ていく準備をしなければなりません。そのためには、「どう生きるか」という問いに答える必要があるのです。しかし、「どう生きるか」という問いに答える前に、「どう生きようか」という問いに答える必要があります。「どう生きようか」という問いに答えるためには、「自分自身を知る」ということが必要です。
この2学期、私は皆さんに「自分自身を知る」ことに取り組んでほしいと思います。自分自身を知ることは、自分の生き方を決めることにつながります。自分の生き方を決めることは、最終的には自分の幸せを探すことにつながります。私は皆さんが幸せな人生を歩んでくれることを願っています。
とはいえ、どう生きようかという問いに、なかなか答えが出せないと思っている人もいるでしょう。そんな人におすすめの本を紹介します。それは、山極寿一さんの「京大総長、ゴリラから生き方を学ぶ」や「ゴリラからの警告」という本です。
山極さんは、本校が数年前から連携して研究室を訪問させていただいている、京都大学の元総長で世界的なゴリラ研究者です。山極さんの著書には、人として、どう生きるかを考えるヒントになる言葉がたくさんあり、動物の生態を通じて人間の生き方を考える興味深い内容となっています。ゴリラの持つ特性を通じて、社会的な共感や適応力、協力など、人間が大切にすべき価値観について洞察を与えてくれています。
私はもう少しで退職の年を迎えますが、まだまだやりたいことがたくさんあります。改めて、吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」という本を読み返してみようと思います。そして、皆さんと一緒に「どう生きようか」という問いを自分自身に答えていきたいと思います。
最後に、皆さんに「君たちはどう生きるか」という問いを投げかけて、私の話を終わりにします。